KEYSTONE THE LAB OF YOUR DREAMS

3分でわかるキーストーン
西川博嘉ヘッダー




がんの免疫抑制機構


ウイルス等の外来性抗原をワクチンとして使用する際は、予め弱毒化したものを投与して免疫反応を起こします。がん治療でも同様に、がん抗原を使おうと考えられましたが、多くのがん抗原が自己分子に由来するものであったために、がん抗原に対しすでに免疫寛容が成立しており、治療効果を得ることは困難でした。

通常、生体内では異常細胞ができても免疫監視機構により排除されますが、がん細胞は進化するように周囲環境に適応し、免疫監視機構から逃避するようになります。その結果、がん細胞は免疫存在下でも増殖できるようになり、臨床的に“がん”と言われる状態になるのです(図A)。がん細胞は、周囲環境に適応する過程で免疫抑制細胞を増加させることで免疫細胞を失活させている事がわかり、この免疫抑制を取り除くことで、再度がん細胞への免疫応答を有効にする治療が、抗PD-1抗体に代表される「免疫チェックポイントタンパク阻害薬」であり、「がん免疫療法」です。

がん免疫逃避機構

図A:がんの免疫逃避は三つの相(排除相、平衡相、逃避相)からなる。通常はガン細胞が生じても
免疫が排除するが、免疫による排除によりHighly immunogenetics transform cells(HIT)が減り、
排除されるがん細胞が減る。最終的に腫瘍細胞は免疫抑制細胞をリクルートし、免疫監視機構から逃避する。


しかし、がん細胞が利用している「免疫抑制」は、本来我々の体がもつ「免疫の暴走を抑制するメカニズム」である為、その抑制を外すと副作用が起こる可能性があります。抗腫瘍免疫応答を担う免疫細胞と、その抑制を担う抑制細胞の機能については不明な点が多く、薬効の個人差と副作用のコントロールががん免疫療法の課題だと西川先生は言います。

「免疫療法の特徴として、その臨床効果に個人差があります。一つ免疫抑制が外れれば充分効果がある人に対して複数の免疫抑制を外さないと十分に抗腫瘍免疫応答が誘導出来ない方もいらっしゃいます。ただ、免疫抑制を外しすぎると免疫が暴走して副作用が起こってしまう。様々な免疫抑制機構の存在を研究することで免疫の個人差の本態が明らかになり、個別化医療や副作用の予測に繋がると考えています。」



がんの不均一さと個人差、細胞の個性


条件を一定に揃えられる動物実験と異なり、人の発がんメカニズムは各々異なります。肺がんであれば、「肺にがんがある」ことは共通しますが、発がんの理由やメカニズム、標的分子(EGFR変異やALK融合遺伝子等)やHLA型も個人差があり、また、免疫はがんの局所において最も変化する細胞群のひとつである為、局所における免疫応答の変化を経時的に解析する必要があります。免疫応答は外部からの刺激に対して細胞内シグナルが伝達されうることで反応が進むため、細胞内分子やシグナル伝達も含めた解析が必要です。リンパ球(T細胞)上のPD-1を介したシグナルが入ればT細胞レセプター下流のシグナルが停止しますが、その停止したシグナルがわからなければ、1つの細胞の動態に対する影響は明らかになりません。T細胞がサイトカインを分泌する、もしくはしないことは一つの局面でしかなく、サイトカイン分泌に必要なシグナルに対する様々な分子シグナルの影響がわからなければ治療に繋がらないと西川先生は言います(図B)。

サイトカインの分泌
図B:サイトカインの分泌は最終的な表現系であり、その過程が不明であれば
対処のしようがない。

「PD-1は、エフェクターT細胞にも制御性T細胞にも発現しており、抗PD-1抗体の作用は幅が広い。免疫治療に当たり、抑制細胞側だけシグナルを止めた方がいいかもしれないし、エフェクター細胞側だけに作用した方がよいかもしれない。また両者に作用すればより臨床効果があるかもしれない。今後、がん組織内に存在するそれぞれの細胞で細胞内シグナルが過剰もしくは停止した部分が個別に分かれば更に治療戦略が広がる。不必要な治療をしなくて済むのです。生体の多様性や不均一な部分を解析して違いを明確にし、リンパ球活性化の抑制機構を解明する為には、質量分析装置(MS)や次世代シーケンサー(NGS)等のオミックス情報※1の解析が必須だと西川先生は語ります。しかし、ヒトのがん局所から得られるサンプルは少量である為、少ないサンプルから多くのデータを得る為には新しい技術が必要でした。


※1:どのような遺伝子が発現しているか、どのようなタンパク質が働いているか等の情報


個人差と不均一さの解析に必要な技術


「私達は常に少ない検体で多くのアッセイをし、個々の細胞の持つエクソーム、プロテオームを網羅的に解析しなくてはならない。フローサイトメーターは非常に良い機器ですが、複数の細胞表面、細胞内のタンパク質を見るには限界がある。例えば、色が増えればコンペンセーションが困難になり、現状では技術的に20色を超えることは難しい。「解析(ゲーティング)の為にはもっと色数が必要」というジレンマがありました。プロテオーム解析はウェスタンブロットでも可能ですが、少ない細胞では出来ない。しかし、質量分析装置を用いれば物質の重さに違いがある限り高精度な解析が可能です。質量分析とフローサイトメーターを組み合わせたMass Cytometryは、限られた細胞で20を超えたマルチパラメーター解析ができる切望していた機械でした。」

Fluidigm社のMass Cytometry Helios CyTOF systemは、 金属標識抗体を用いて37種類以上の細胞内外のタンパク質を1細胞レベルで一度に解析できる装置です。ヘテロな細胞集団に対し、複数遺伝子の発現プロファイルを細胞ごとに比較することで、細胞集団の詳細な解析を行うことができる、フローサイトメトリ―の進化系と言われます。

一般的な蛍光標識のスペクトグラム

   図C-1:蛍光標識のスペクトグラム

フリューダイム社の金属標識のスペクトグラム

   図C-2:金属標識のスペクトグラム


図C-1,C-2:フローサイトメーターでマルチカラー検出を行うと、蛍光スペクトルが重複(クロストーク)する為、
正確な結果を得るためには、重複部分の影響を取り除く必要がある(図C-1)。
一方、マスサイトメトリーで質量に差がある限り重複せずに検出することができる(図C-2)。



患者の個人差に加えてがんの「不均一性」があり、全ての解析にはきりがありませんが、臨床応用の為には、NGSやマスサイトメトリー、フローサイトメーター等の解析から得た個々のデータの最大公約数的情報を導く必要があります。そのための基礎研究では、可能な限り多くのデータを得る必要があり、その情報は多いに越したことはありません。世界的に研究が進みデータが蓄積されていますが、ここにも生物の多様性による課題が存在します。

「日本人は外国人と比較してはHLAの偏り等が異なります。例えば、海外ではHLA-A2が半分弱を占めるためデータが多く蓄積されていますが、日本人ではHLA-A2は10%~20%しかおらず、HLA-A24型が40-60%程度です。HLA型が異なれば免疫応答も異なるため、海外で研究が進んだとしても、日本でもやらなくてはならないことがあります。」西川先生は、それが国立がん研究センターの使命だと話されました。

がん免疫療法の未来


がん病変部組織にリンパ球(T細胞)が存在し、おそらく変異に由来するような抗原を認識していることが明らかになりましたが、まだ直接的な証拠は十分ではありません。従来がんワクチン療法等で使われてきたシェアード抗原(自己抗原)由来の抗原は、がん治療にとってあまり良い抗原ではない可能性が傍証から推測されています。

レパトアの解析
図D:がん組織内には本質的な細胞もあれば、血流によって偶々運ばれてきたT細胞もいるかもしれない。腫瘍内部にいる本質的なT細胞を抗原特異的に分離し、それぞれのTCRを解析できれば、どのT細胞が本質なのかを明らかに出来る。


がん免疫の本質となるリンパ球の正体を明らかにする為には、がんの内部に浸潤しているリンパ球を1つ1つ解析する必要があります。がんに浸潤しているリンパ球は、それぞれ1つのTCRしか発現しないため、1細胞解析が可能になった現在、個々の細胞が持つTCRのバリエーション(レパトア)を解析することでリンパ球の解析が可能です(図D)。

「どのレパトアを持つリンパ球が抗腫瘍免疫応答の本質なのかが判明すれば、そのリンパ球の発現プロファイルや、シグナルの解析が一気に進むでしょう。それが明らかになれば、本当の意味でのプレシジョン・メディスンになるのではないでしょうか。※2

※2分子情報が患者を精密に分類化し、治療できること。


免疫療法の未来


西川先生はがん免疫の抑制機構のトランスレーショナルリサーチの他、自己免疫疾患や、GVHD(移植片対宿主病)への展開を考えています。

がんセンター西川博嘉先生

「私たちが研究している腫瘍免疫は、感染免疫、移植免疫から学んできましたが、今度は我々が感染免疫や移殖免疫に対して情報を提供できるようになってきました。免疫そのものに対する新しい治療法の開発がここから進むことを期待しています」 複雑な免疫機構の研究から新しい治療法を開発したい、という西川先生は、将来どんな世界を思い描いているのでしょうか。 「各々の患者さんでどこが違うのか、なぜがんになったのか、なぜこの患者のがんが治らないのかを明らかにしがん免疫治療を行うことで、10年を超えて生存できる。良性腫瘍だったら共存している状態でもいいわけです。私の研究のゴールは、そういう患者さんができるだけ多くなること。本当は100%と言いたいですが、そこに近づけるようにできることを日々やっていきたいと思います。」


参考文献 ・ライフサイエンス領域融合レビュー;がん免疫療法:基礎研究から臨床応用にむけて, 著者:杉山大介、西川 博嘉、2015年4月21日公開 (© 2015 杉山大介・西川博嘉 Licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License)
・ライフサイエンス領域融合レビュー;免疫系における恒常性の維持と制御性T細胞, 著者:濱口真英、坂口志文、2013年5月15日公開 (© 2013 濱口真英・坂口志文 Licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License)



西川先生プロフィールとCyTOF


国立研究開発法人 国立がん研究センター
先端医療開発センター 免疫TR分野長

西川 博嘉 先生

2006年三重大学大学院医学系研究科 講師を経て2010年大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任准教授、2012年Roswell Park Cancer Institute, Adjunct Associate Professorを兼任し、2015年国立がん研究センター 先端医療開発センター 分野長に就任。現在に至る。




本記事で紹介した製品はこちら!



フリューダイムCyTOFシステム


細胞表面と細胞内の37種類のタンパク質をシングルセルレベルで一度に調べる装置!

◀シンプルな操作
◀多パラメーターによる同時解析
◀37種類以上の金属標識抗体と細胞をワンチューブ内で反応
◀ICP-TOF-MSによる1Da毎に識別、検出

アプリケーション
◀詳細なフェノタイプ解析
◀サイトカイン&シグナル伝達プロファイリング
◀Cell Cycle and Apoptosis


フリューダイム株式会社マスサイトメトリーCyTOF®システム