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内山進





高分解能質量分析計で行うバイオ医薬品のプロファイリング


効果が高く、副作用がより少ない薬剤を目指して日夜研究が進められる医薬品開発。1990年代に、遺伝子組換え技術により生産したタンパク質を主成分とする「バイオ医薬品」が登場し、さらに2000年代に入り、タンパク質の一種である抗体を主成分とする抗体医薬が登場し、現在、がんや自己免疫疾患などの治療に広く使われています。バイオ医薬品は効果が特異的であるために副作用が少なく、また、希少性疾患や難病の治療にも有効であることから、世界的に大きな注目を集めています。しかし、バイオ医薬品にはタンパク質ならではの課題も存在します。ギリシャ語で「第一の物質」を意味する言葉が由来の「Protein(タンパク質)」。今回、「タンパク質」の性質を幅広く研究しておられる大阪大学工学研究科の内山進先生にお話しを伺いました。


タンパク質医薬の難しい性質


内山進

「タンパク質の”蛋白”は、鶏卵の白身に由来します。ポーチドエッグを作る時、お酢を垂らしたお湯に生卵を割り落とすと白身の表面に膜ができます。一方、白身をかき混ぜればメレンゲとなり、熱を加えればゆで卵や目玉焼きのように固くなります。タンパク質溶液はもともとは透明ですが、このように酸(お酢)への接触、撹拌、加熱により変性して凝集して白くなります。

バイオ医薬品は、卵の白身のように透明なタンパク質の溶液を透明なままで投与することを想定していますが、それを維持することは大変なんです。」と内山先生。バイオ医薬品中のタンパク質も温度やpHの変化、あるいは輸送中の振動などがストレスとなり変性します。また、光などの作用によって酸化などの化学構造変化が起こります。

タンパク質の扱いづらさ

医薬品に用いられる組換えタンパク質は大部分がヒトの配列で構成されているため本来異物ではありませんが、タンパク質が化学変化したものやタンパク質の凝集体は異物として認識されやすく免疫原性の原因になると指摘されています(参考文献)。しかし、タンパク質が変性し凝集する原因は複数あり、凝集体と発生する副作用との関係性は明確になっていません。



研究のスタンスとバイオ医薬品の将来


光や酸素の影響によるポリペプチドの化学変化が、タンパク質変性の原因の一つであることが明らかになりましたが、タンパク質全体の性質に与える影響を知るには、2000年以降の質量分析計の性能向上を待たなければなりませんでした。
バイオ医薬品中のタンパク質は遺伝子組換え技術を利用して作られているため、そのアミノ酸配列は完全に設計通りになっているはずです。しかしながら、実際には化学変化を受けることがあり、配列は設計通りでも一部のアミノ酸の構造が変わってしまっている可能性があります。タンパク質のアミノ酸残基に起こる化学変化を分析し、一方でそれぞれの化学変化が起こっているときのタンパク質の性質が分かれば、配列変化の面からバイオ医薬品をプロファイルすることが可能となります。「そのパターンを可能な限り明らかにし、医薬品の作用や副作用と照合することで、全体的に何が起きているかを解明することが私たちの研究です。高分子であるタンパク質を徹底的に分析し、定量的に解析することが課題だったのです。」と語る内山先生。100残基のアミノ酸から構成されるタンパク質の場合、その分子量は約1万Daになります。この中のアミノ酸の1つが脱アミド化すると分子量が1Da変わります。従来の質量分析計ではこの0.01%の変化を検出することはできませんでしたが、タンパク質医薬品の開発ではこのようなわずかな変化も検出可能な技術が求められていました。
Bruker maXis IIという製品の登場により、この1Daの違いが見極められるようになりました。

maXis IIの結果画像

図1:HPLCでは2つのピークが重なっていますが、左と右のピークの質量は
1Da違うことが分かります。これは脱アミド現象による質量シフトですが、
従来はこのような僅かな質量変化を捉えることは非常に困難でした。



maXis IIでしか見ることのできない世界


「maXis IIなら、ハンドリングが簡便なQ-TOF型の質量分析計でありながら、フーリエ変換型質量分析計の超高分解能に迫れるかもしれない。maXis IIの登場で、今まで見えなかったものが見えるようになりました。」と内山先生の言葉に熱が入ります。


ラボのイメージ
図2 内山先生の研究室にある
maXis IIとmicrOTOF Q

タンパク質に起こる全ての変化をより定量的に分析することができるようになった他、酵素消化などの処理を行わずにインタクトなタンパク質を高分解能で見ることできることがmaXis IIの魅力だと内山先生は続けます。高分解能の質量分析計は他にもありますが、MS軸がずれてしまう為に精度の担保ができません。そのため、タンパク質を酵素消化してのマッピングによる解析が中心となります。

「あるタンパク質に酸化が起きた場合を考えてみます。酸化する場所が2か所の場合だと酸化のパターンは3つです。酸化が起きていない場合も含めると4パターン。切断してからの質量測定だと2か所が酸化されていたかどうかしか分からず、もともとどういうパターンの酸化だったのか分かりません。切ったものからくみ上げ、最初のものを想定しないといけない。それが従来の、切断してからの分析の弱点でしょうね。切断せずに質量をはかれば16Daと32Daの質量増加のピークを含めた全体像が分かります。」

maXis IIの「分子量が大きいタンパク質の質量を高分解能でみられる」という特徴は、保存中に発生する事象全てをプロファイリングすることに繋がります。内山先生は、「今まで見逃していた副作用の原因の発見や、オーバークオリティだった部分のカットオフなど、より安全性が高く副作用が少なくて効果がきちんと担保できるようなタンパク質医薬を開発できると思います。」とその期待を寄せます。


タンパク質の開発と細胞を組み合わせた治療を目指して


maXis IIの様な装置の出現により「タンパク質に起こる変化を推測し検証する」という従来の研究手法から、「発生する変化のパターンを全てプロファイルし、医薬品の作用や副作用との相関解析を行う」という研究に変わりつつある、という内山先生は、高分解能質量分析装置から得られる膨大なデータ処理を扱う程に、人間の直観力の重要性を感じているとのことです。

「得られたデータから様々なマップを描くと相関の有無が直感的にわかります。コンピュータでの解析はそれに理屈をつけているにすぎません。データが少なければそこに気づく人は少数かもしれませんが、データが増えれば研究のトレーニングを積んだ人の多くはそこに気づくようになる。データをうまく解析し、イメージを形成する力が必要だと思います。」



maXis IIのような高分解能質量分析装置から得られるデータは、「平均分子量から推測していた世界」を精密質量で追いかけることを可能にしました。高分解能というスペックに対する欲求は留まることがなく、更に新しい世界が開けるのでは、という期待が高まります。「質量とエネルギー」という基礎物理領域に届こうとする技術を用いて、内山先生が実現したいこととは何なのでしょうか。 「特異性が高く、性質が安定した新しいタイプのタンパク質医薬品を作成したいですね。抗体をベースに分子量を約15万から1万以下まで落とし、結合する部分だけを作成する。医薬品として働く小さな扱いやすいタンパク質ができるのではと考えています。また、細胞を使った治療にも興味があります。タンパク質を細胞の表面に発現させ、その細胞を使って治療する。タンパク質と細胞を組み合わせたエンジニアリングです。この2つを5~10年の目標に研究したいと思っています。」


参考文献 ”Applying Improved TOF Mass Resolving Capability to Enhance the characterization of Therapeutic Antibodies in Middle-Up and –Down Workflows” –Jabs et al, CASS AT Europe, 2015 P-126



内山先生プロフィール


大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻 准教授

内山 進 先生

1994年3月31日,名古屋大学理学部化学科,卒業
1999年3月31日 ,大阪大学薬学研究科,博士課程修了
1999年4月1日,アールアールエフ研究所,博士研究員
2001年8月16日〜 ,大阪大学工学研究科生物工学専攻,助手,准教授




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maXis II イメージ画像


maXis IIは、QTOFテクノロジーの新時代を告げます。maXis IIは幅広いアプリケーションにおいて最も要求の激しい分析課題を解決する性能を備え、その装置性能は市場を完全にリードしています。
maXis IIは以下のような分析用途に最適です。
◀抗体分析(インタクト/サブユニット)
◀インタクト・プロテインとプロテオフォームのプロファイリング
◀タンパク質分析(変性条件/ネイティブ条件)
◀低分子の同定と定量分析(純度確認/不純物構造解析)
◀「ハイマス・オプション」による非共有結合性複合体・錯体分析
◀Electron Transfer Dissociation(ETDオプション)


ブルカー・ダルトニクス株式会社 超高分解能QTOF MS 「maXis II」