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3分でわかるキーストーン

ああ、神の足よ!!

-カマンベールチーズに認知機能低下の予防効果-

 

アルツハイマー病は高齢化社会を迎える現代社会において有効な治療方法が十分になく、2050年には世界的に患者数が現在の3倍(1億3200万人)になる可能性が示唆されるなど重要な社会的課題となっています。

阿野先生

2015年3月、健康寿命延伸に貢献する取り組みを進めているキリン株式会社、小岩井乳業株式会社および東京大学より、カマンベールチーズ由来のアルツハイマー病の予防に有効な成分の発見が報告されました。 ニュースリリースされて以来各メディアで取り上げられるなど、認知症に対する社会の関心の高さを再認識できるこの研究成果には、 細胞の経時的な変化を撮像・定量解析が可能な機器IncuCyte Zoom®が活用されました。

かつてフランスの詩人がその芳香を「神の足」と表現したカマンベールチーズ。その研究の背景にはどんなことがあったのでしょうか。
この商品開発に携わられているキリンビール株式会社 R&D本部 基盤技術研究所 阿野 泰久様を訪問しました。

アルツハイマー病の発症メカニズムはまだ完全には解明されていませんが、脳神経細胞の老廃物であるアミロイドβというたんぱく質の蓄積が関与していると言われています。 アミロイドβはミクログリアという細胞の働きなどにより除去されますが、除去しきれない程蓄積したアミロイドβは神経細胞の情報伝達を阻害し、認知機能の低下を招きます。 ミクログリアはニューロンの修復を手助けする働きの他、ウイルスの除去などの働きを持つ脳内唯一の免疫細胞ですが、その一方でミクログリアが必要以上に活性化すると炎症状態を招くという一面を持ちます。


認知機能と発酵乳製品の関係


キリンビール製品群

発酵乳製品を摂取する習慣のある人は老後の認知機能の低下が予防されるという疫学調査報告があります。

乳製品はタンパク質や脂肪酸を多く含み、そこから発酵工程で産生される遊離脂肪酸やペプチドは様々な生理活性をもつことが知られていますが、具体的な有効成分や作用機序に関する詳細な解析はなされていませんでした。

「酪農大国と呼ばれるニュージーランドやオーストラリアの他、日本国内の久山町※1の疫学調査に、発酵乳製品を食べる習慣がある人は老後の認知機能が良好という報告があります。キリングループは酒類、乳製品、医薬品、バイオケミカルと発酵を深く関わる事業を生業としており、発酵というプロセスを経て効果がある成分が見つかるのであれば、研究する意義が高いと思いました。」と阿野先生は穏やかに語ります。

※1福岡県久山町の住民は全国の日本人集団と同じ分布を持ち、1961年より九州大学が疫学調査を行っている。



活性のあるチーズを探して


「私たちがもともと一般的に食べているものの中から『活性のある有効成分を探す』のは結構泥臭い仕事なのですが、食品ならではの面白さがあります」と笑う阿野先生。

チーズにはモッツァレラチーズの様なフレッシュチーズ、ゴーダチーズの様なセミハードチーズ、パルメザンチーズの様なハードチーズ、カビで発酵させたカマンベールチーズやブルーチーズなど、多く種類が存在します。 この研究はこれら多くのチーズから抽出画分のライブラリーを作成することから始まりました。

様々なチーズから抽出したエキスをミクログリアの初代培養評価系を構築し、抗炎症活性、アミロイドβ貪食活性評系で評価した所、カビで発酵させたチーズに効果があることを発見しました。 そのため、カマンベールチーズから調製した飼料を、アルツハイマー病を自然発症するモデル(5xFAD)マウスに3ヵ月与えたところ、 脳内の可溶性アミロイドβの量や炎症性サイトカインやケモカインの量が抑制されたことが確認され、認知機能の低下を予防する可能性を見出しました。 カビによる発酵の前後で効果に差がみられたことから有効成分がカビによる発酵過程で生じていると考え、カビにより発酵させたチーズの中でも、日本人が親しんでいるカマンベールチーズを用いて研究を進めることにしました。

サンプル



細胞の動きを経時的に観る


脳内のアミロイドβの除去や炎症には脳内唯一の免疫細胞であるミクログリアが関与します。 この働きに着目し、カマンベールチーズに含まれる有効成分の探索が始まりました。

カマンベールチーズより抽出した有効成分を含むエキスをミクログリアに与え、アミロイドβの貪食除去活性を評価し、活性が高いエキスを更に分画する。 この一連の試験を何度も繰り返し、ミクログリアの貪食作用を活性化するオレイン酸アミドと、炎症作用を抑制するデヒドロエルゴステロールの同定に至ったのです。 「食品には様々な成分が複合的に作用するという良さがありますが、それ故に一つの有効な成分を見つけるのは非常に大変でした。 また、食品に含まれる活性成分を突き詰めていくと、最終的によく知られている成分に行きつくことが少なくありません。

チーズにはリノール酸やリノレン酸という既知の成分があり、これらのような成分に活性があった場合には新しい発見とはなりませんでしたが、 今回はオレイン酸アミドやデヒドロエルゴステロールというカビによる発酵から得られるこれまで機能が知られていなかった化合物を見つけることが出来た時は嬉しかったです」と語る阿野先生。

発酵前後




多量のサンプルを評価する必要があったこの試験。阿野先生は、ミクログリアの働きがどのように変化するのかを知りたいと考えていた矢先、 参加した学会の企業展示でIncuCyte Zoom®に出会ったそうです。

「従来の観察方法では「最終的な一時点」の解析はできるのですが、ミクログリアのような細胞の「どれくらい食べるのか」「どれくらい増えるのか」という部分を明らかにすることはなかなかできませんでした。 IncuCyte Zoom®で経時的な変化が見えるようになり多検体を同時に解析ができるので、私がやりたいと思っていた解析ができると思いました。 ミクログリアの貪食活性の変化を解析したデータはIncuCyte Zoom®ならではと言えます」。

ミクログリア 使用時




また、デヒドロエルゴステロールが持つ細胞の保護作用の確認にもIncuCyte Zoom®が使用されています。 Neuro2A細胞(マウス由来神経芽細胞腫細胞株)に対しLPSを加えて細胞毒性を評価した試験では、デヒドロエルゴステロールを加えた群において細胞死が緩和されたという結果が得られました。

「従来、観察の際には都度インキュベーターから出してプレートリーダーで解析します。培養と観察を同時に行う機械もありますが、多くのサンプルを評価することは難しいです。 IncuCyte Zoom®は96wellのマイクロプレートを複数同時にインキュベータの中で計測できる為、他の製品と比べると汎用性は高く、細胞を用いたスクリーニング系に向いていますね。」


NANO2



"食品を通じて健康に寄与する”という想い


カマンベールチーズから見出された成分を含め、今後社会課題に更に貢献できるアプローチを提供したいと阿野先生は考えています。 「引き続きミクログリアについて幅広く研究を進め、高齢化に伴う社会課題に対して栄養学的なアプローチで貢献したい」と笑顔で語られました。

阿野先生2

「自分が研究したものが、お客様に届くところまで携わりたい」と語る阿野先生の興味は今どこにあるのでしょうか。

「脳は細胞一つで機能しているわけではなく、神経細胞がネットワークを作って機能しています。その為、脳全体から得られるデータと、ミクログリアを対象とした研究結果の間には少し乖離があります。ミクログリアの様な細胞を制御した結果、神経細胞にどういう影響があり、最終的な表現型として病態の抑制や行動にどう繋がるのかは明らかにするべき事象がまだ多くあります。そういったインタラクションが複合的に解明でき、ソリューションの開発技術ができてくると非常に面白いと思います。」



参考文献:雑誌名「PLOS ONE」  ※記事中の図および写真に関しては以下の論文より引用、またはキリン株式会社より提供されたものに筆者が手を加え作成した。

Preventive effects of a fermented dairy product against Alzheimer's disease and identification of a novel oleamide with enhanced microglial phagocytosis and anti-inflammatory activity.
著者:Yasuhisa Ano, Makiko Ozawa, Toshiko Kutsukake, Shinya Sugiyama, Kazuyuki Uchida, Aruto Yoshida, and Hiroyuki Nakayama
DOI番号:10.1371/journal.pone.0118512

Identification of a novel dehydroergosterol enhancing microglial anti-inflammatory activity in a dairy product fermented with Penicillium candidum.
著者:Yasuhisa Ano, Toshiko Kutsukake, Ayaka Hoshi, Aruto Yoshida, and Hiroyuki Nakayama
DOI番号:10.1371/journal.pone.0116598



阿野先生


キリンビール株式会社 R&D本部 基盤技術研究所
阿野 泰久先生

2007年 東京大学農学部卒 2008年エジンバラ大学への留学を経て、2009年東京大学農学生命科学研究科
修士課程修了、2012年東京大学農学生命科学研究科 博士課程修了。2009年にキリンビール株式会社へ
入社し、現在に至る。




IncuCyte Zoom®について


「IncuCyte Zoom®はハイスループットな解析が得意な機器で、形態的な観察の他にもfluorescenceの解析も可能です。 蛍光物質をプローブに使い、貪食除去作用が解析できるのもこの機器の強みですね。良いソリューションなので、今後のさらなる技術の進歩を期待しています。」(阿野先生) IncuCYte

IncuCyte Zoom®はインキュベーター内でタイムラプス撮像や定量解析が可能。
培養中の時間を遡り、細胞の変化を見逃すことはもうありません。

生きた細胞の動きを「観て、評価する」。

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